世界遺産に登録をされた平泉とは・・・
世界遺産に登録をされている『平泉-仏国土(浄土)を表す建築様式・庭園及び考古学的遺跡群』は、中尊寺、毛越寺、観自在王院跡、無量光院跡、金鶏山が構成資産となっています。
なぜ平泉は世界遺産に登録をされたのでしょうか。
そこには平泉ならではの浄土思想とよばれるものに深い関係があったのです。
今回は平泉が世界遺産に登録をされた理由とその魅力に迫ってみたいと思います。
平泉には仏教の中でも、特に浄土思想の考え方が多く取り入れられた建物が残されています。
それは寺院だけではなく、寺院や庭園やまた遺跡にも取り入れられており、これは日本の中でも類をみないものとなっており、世界遺産の登録においても高く評価をされました。
この浄土思想とはどのような意味をもち、当時の平泉にとってどれほどまでに重要な意味をもっていたのでしょうか。
浄土思想とは・・・
これは仏様の世界のことであり、仏の修行によってつくられた世界のことをさします。
東北地方では11世紀には戦乱が続き、大変混乱とした社会をみた奥州藤原氏の初代清衡は「戦乱で命を失った人たちの魂が浄土に導かれるように」と祈願し、中尊寺金色堂を建立したといわれています。
中尊寺金色堂は阿弥陀如来の住む極楽浄土を象徴し、毛越寺は薬師如来が住む浄土を象徴しているといわれています。
つまり平泉は11世紀から12世紀の日本において、仏教に基づく理想の世界を実現すべく、造営された政治および行政上の拠点としての役割を果たしていました。
そのため日本社会の中で発展を遂げていた仏教世界において、仏様の理想の世界である浄土思想は実現できると考えられていました。
そのため平泉における浄土思想はやがて浸透していったと考えられています。
平泉と浄土思想
平泉にある4つの庭園は、奥州藤原氏の浄土思想に基づいて造営されたものであり、日本の自然崇拝思想とも融合した大変独特なものとなっていて、仏教界にとってもこれはとても深い意義のあるものであると考えられています。
庭園や寺院には海外からの影響を受けながらも、平泉に理想の社会を表現したまさに理想社会を繁栄した傑作ともいえます。
平泉を訪れると、不思議と心がすっきりとした気持ちになるのも、私たちの中に浄土思想がどこか根付いているからなのかもしれません。
理想社会への追及は1000年経った今でもそれは変わることのない人々の願望に違いありません。
それを時代が変われども人間の真の理想を描いた平泉は、私たち日本人の誇るべき世界遺産であり、後世にもその想いを伝えていかなければなりません。